2014/11/26

熊谷修「高齢者も肉、タマゴ、牛乳をしっかりと」。NHK

「高齢者も肉、タマゴ、牛乳をしっかりと」。NHK
視点・論点 「高齢期はしっかり食べる」 人間総合科学大学教授 熊谷修
2014年11月20日 (木)。NHK、引用編集 
 
世界保健機関は高齢期の健康指標を生活機能の自立性で評価すべきと提唱しています。
すなわち、高齢期は病気と共生しながら地域社会で自立した生活を営むための能力である高いレベルの生活機能の維持増進をすることです。
そこで、高齢者の高いレベルの生活機能は、いったい体のどのような変化によって障害が起るのか、しっかり理解しておく必要があります。
これまで蓄積されてきた研究により、生活機能の障害は、生活習慣病の罹患状況とは独立して体に普遍的に訪れる“老化そのもの”によってもたらされることが明らかになっています。
高齢期の健康づくりは病気の予防と管理に加え、老化を遅らせる手だてがとても大切になります。
この誰も逃れることのできない老化には様々な要因が関係していますが、からだの栄養状態が深く関わっています。
 
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この図は、地域の高齢女性の8年間の最大歩行速度の低下と血清アルブミンの関係を示しています。血清アルブミンは体のたんぱく質栄養を評価する最良の物差しとなります。数値が高い人ほど良好な栄養状態です。そして、筋力の予備力の指標となる最大歩行速度の低下の程度は老化の速度を示しており、大きいほど老化が早く進んでいることを意味します。
ご覧のとおり血清アルブミンの低いグループになるに従い、低下量は段階的に多くなることがわかります。この関係は年齢や運動スポーツをする習慣など強く影響する項目を酌量しても消失することがないとても明瞭なものです。このような研究知見は、その後、世界各地の高齢者の調査で同様に確認されています。このように、たんぱく質栄養の低いことが老化を促し筋力の低下を早めます。
特筆すべきことは、この関係が臨床医学的な正常域とされる血清アルブミン3.8g/dL以上の水準で認められることです。臨床医学的な基準では大丈夫であっても、よりたんぱく質栄養の良好な高齢者ほど老化の速度が遅いわけです。
血清アルブミンは加齢に伴い低下します。この現象には加齢に伴う食事量の低下も関係していますが、老化によるたんぱく質の貯蔵組織である骨格と筋肉の減少が深く関わっています。したがって、老化とは体のたんぱく質の量が減少してゆく変化と捉えなければなりません。
高齢期の食事の抑制は、老化を早め、体の虚弱化を加速させることになります。
超高齢社会では、わが国が戦後に経験した食糧事情による栄養失調とは全く異なる老化によるたんぱく質栄養を主とした新しいタイプの栄養失調が健康問題となります。
この高齢期の老化によるからだの虚弱化を防ぐためには、可能な限りたんぱく質栄養を高める食生活の手立てがとても重要になります。
それでは、からだのたんぱく質栄養を良好にして老化を遅らせる食生活とはいったいどのようなものなのでしょうか? とてもわかりやすい状況証拠があります。
まず、老化の遅い人ほど長生きしますので老化の速度を平均余命で検証します。生命表にもとづき65歳の平均余命の伸び率を戦後概ね15年間隔で比較すると、1965年から1980年の伸び率が男性で22.1%、女性で21.0%、と最も大きいことが分かります。
この15年間の65歳高齢者の急速な老化の遅れには、 次の3つの大きな食生活の変化が関わっています。
1)エネルギー摂取量が一定で推移している。
2)肉類、卵、牛乳・乳製品の摂取量が増加している。
3)脂肪エネルギー比が増加している。
この動物性食品と油脂類の増加は1955年頃からすでに始まっていますが、広く一般の食卓に浸透したのは東京オリンピック以降です。日本の高齢者の老化の遅れには肉類、卵、牛乳、および油脂類の摂取量の増加が深く関わっています。
この歴史的変化は、世界で日本のみにみられるものです。
いま一つ、老化の速度を高いレベルの生活機能の障害リスクでも評価して食生活との関係を明らかにする必要があります。私たちは、余暇、創作、あるいは探索活動として具体化される「知的能動性」という能力の老化に伴う障害リスクと食品摂取頻度パターンの関係を明らかにしました。地域の高齢者約600名の追跡研究によるものです。
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この図は、食品摂取頻度調査結果にもとづいて導き出した食品摂取頻度パターンごとに「知的能動性」の自立度が低下する危険度を比較しています。肉類、牛乳、および油脂類を高頻度に摂取するパターンの危険度が明らかに低いことがわかります。ほかの植物性食品の高頻度摂取パターンやごはん、漬物、味噌汁の摂取頻度パターンは、特に関係していませんでした。 
この関係は都市部や農村部など地域性に関わりなく認められます。すなわち、肉類、牛乳などの動物性食品と油脂類をよく摂取する適度に欧米化した多様性に富んだ食生活が生活機能の障害リスクを低くしています。
総合すると高齢期に求められる食生活は、いずれの食品群も排除することのない多様性を備えることがポイントになります。
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そこで開発されたのが10の食品群のチェックシートです。主菜、副菜を構成する「肉類」、「魚介類」、「卵」、「牛乳」、「大豆・大豆製品」、「緑黄色野菜」、「果物」、「芋類」、「海藻類」、および「油脂類」の10食品群を選び、食べる量に関わらず三度の食事で食べていれば○を入れ、○の数が多様性の得点になります。満点は10点です。
この得点が高い高齢者ほど要介護のリスクが低いことが確認されています。現在、介護予防活動の食生活改善ツールとして広く普及し始めました。
 
これまで述べた研究成果と考察を踏まえて、要介護を予防する食生活の手立てを開発するため、実際に試して効果を確認する大規模な介入研究を行いました。試案として開発した「高齢者の老化を遅らせる食生活指針」はご覧のとおりです。
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食品摂取の多様性の改善に寄与すると考えられる食品群の摂取などを強調した10項目にまとめています。
 この指針などを活用した栄養改善活動は地域の元気な高齢者の方々約1000名の協力を得て4年間行いました。活動は自治体や地域ボランティアの多くの協力のもとに行われました。
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この図は介入前の4年間と介入後の4年間の血清アルブミンの変化を比較しています。
介入前の4年間は減少しています。これは老化に伴い栄養状態が低下している様子です。
一方、介入後は大きく増加しています。この変化は数理学的に誤りが否定できるはっきりとしたものです。介入後の4年間の血清アルブミンの増加は、栄養改善活動による動物性食品の肉類と油脂類の摂取頻度の増加によるものです。
この結果は、実践を促した食生活指針などが高齢者にとって実行でき、有効なことを示しています。そして、この効果は、糖尿病や貧血を予防し、血清コレステロールの構成を改善することも確認されています。そして、太ることはありません。
加えて、栄養改善活動に参加した方々を血清アルブミンの改善程度にグループ分けし活動終了後7年間にわたり生命予後を追跡したところ、改善しなかったグループに比較して、10%程度血清アルブミンが増加したグループの死亡危険度は半分程度に低下することがわかりました。
このように、高齢者の食生活の改善によるたんぱく質栄養の向上は多くの健康指標に好影響を及ぼし老化を遅らせることがわかりました。
老化を遅らせ要介護を予防する食生活の手立ては、是非とも実践していただきたいと思います。

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