2017/01/14

Gゼロの世界が到来。 世界は「果てしなき衝突」に

「Gゼロの世界」が到来した。国連もNATOも弱体化し
世界は「果てしなき衝突」に向かう
ユーラシア・グループ代表  イアン・ブレマー
取材・構成 古森義久 (産経新聞ワシントン駐在客員特派員)
「G2」と言われたアメリカも中国も、その他の国々も、世界でリーダーシップを発揮することができないそんな「Gゼロ」の時代をかねて予見していたイアン・ブレマー氏が、新たな1年の国際社会を見通した。
 2017年は「パクス・アメリカーナ」(アメリカの力による平和)が公式に終わる年となるだろう。ドナルド・トランプ氏の大統領当選と統治によりアメリカは自国が世界でも特別な役割を果たすとする「アメリカ例外主義」を放棄し、アメリカが世界には欠かせないとする考え方をも排除するようになるだろう。
 こうした展開は全世界に大きな衝撃を与える。中国が経済分野で国際的に劇的なほど指導的役割を果たすようになる。あるいは米欧関係が大幅に弱まる真空状態が生まれるかもしれない。東南アジアのアメリカの同盟国や友好国を中国に近づけるかもしれない。中東全体を傷つけることにもなりかねない。アメリカとロシアが温かい関係となるかもしれない。
 アメリカの国際的な影響力は実はオバマ政権時代に衰え始めていた。欧州連合(EU)が弱くなったことも私たちは知っていた。中国がアメリカの代役のような役割を演じ始めた。ロシアも安全保障面でのアメリカの代替策を供し始めていた。一方、トランプ氏の外交政策と政策面での一貫性や整合性に欠ける外交チームの登場によってアメリカの国際的影響力の衰退はさらに加速されるだろう。
 ただしアメリカ国内をみると、トランプ氏が政権の主要ポストに選んだのは産業、金融、ビジネスの振興を強く支持する人物たちだ。議会の両院も共和党多数だ。その結果、トランプ政権は経済成長を促進し、減税を進め、インフラへの支出を増し、規制を整理する能力を高めることができる。
 この展望は現実的かつ重要だ。アメリカの株価が高値を示していることもそれが理由だと言える。
 しかし対外的な状況は異なる。アメリカの国際的な役割の縮小は否定できない。この状態は私がかねて唱えてきた「Gゼロの世界」に近い。GゼロとはG2とかG7というように世界を主導する特定の国家あるいは国家群がもう存在しない状況を指す。
 だが国連のような国際機関の力が強くなるわけでもない。アメリカは元来、多国機関は自国にとって負担であり、不必要な責任だとみなしてきた。トランプ政権はとくにその傾向が強い。新政権の国務副長官への任命が推測されるジョン・ボルトン氏は過去60年間でも他の誰よりも国連の機能を削り落としてきた人物なのだ。だからアメリカの新政権は国連の予算を削り、協力に難色を示すだろう。
 だが中国が国連に関してより大きな役割を果たそうとすることを忘れてはならない。私の個人的な友人のアントニオ・グテーレス新国連事務総長(元ポルトガル首相)は最近、北京を訪問したが、中国側は彼を主要国の元首のようにもてなし、国連は世界でも最重要の多国機関だから中国はあらゆる支援を惜しまないと明言していた。
 だから中国は当面の間は今後の「Gゼロ」状況やトランプ政権の登場を自国のパワー拡大の好機とみるだろう。一方、国連の力は弱くなる。なにしろ国連にとってはアメリカの支援が非常に大きいのだ。
 アメリカ主体の米欧の集団防衛組織の北大西洋条約機構(NATO)もトランプ氏はそう重視はしていない。
 アメリカはNATOの同盟諸国よりもロシアに接近して安全保障を考えるようになるかもしれない。だが米欧諸国がNATOを基盤に安全保障政策を共同で進めることは続くだろう。とくにテロ対策やサイバー攻撃対策ではNATOのきずなは大きいと言える。
 だがNATOはトランプ政権下ではグローバルな安全保障を考える組織としては重要性を減らし、外部からの種々の圧力に悩まされる存在となろう。
 テロリズムも新しい年の深刻な課題だ。アメリカ大統領選中はIS(イスラム国)などのテロ組織はトランプ候補の反イスラムの扇動的な発言を資金や人員の募集手段として利用していた。そのトランプ氏が大統領になるのだから、イスラムの過激な暴力組織は活動拡大のためにさらに魅力的な材料を得ることになる。
 中東のいくつかの国での経済問題や果てしのない衝突は新たなテロ組織にも活動の余地を与えることになる。アメリカやその他の諸国はイラクやシリア領内でISと戦い、かなりの成功を収めた。このことはもちろんプラスの材料だが、2017年にはやはりテロは増えるだろう。
 そんな情勢下で日本は他の大多数の諸国よりも安定している。周知のように安倍晋三首相は11月に世界各国でも最初の政治指導者として当選後のトランプ氏と会談した。安倍首相にとって重要なTPP(環太平洋経済連携協定)をトランプ氏が抹殺しようとするにもかかわらず、同首相は会談に臨んだわけだ。
 安倍首相はトランプ氏との会談でTPPは論ぜず、日米両国間の信頼や二国間関係の大切さを語りあった。安倍氏は自国内では人気が高く、ポピュリズム(大衆迎合主義)を心配する必要もない。移民問題も民族政治問題もなく、中間層が不安定となって政治不安を招くという欧州のような問題に悩む必要もない。
 だから安倍首相は強い立場にあり、トランプ新政権の政策に未知の部分があっても、まず世界でのアメリカの役割の重要性を認め、その旨をトランプ氏に伝えたわけだ。同氏はそのことをとても感謝したと思う。だから日米関係の展望はきわめて好ましいと言える。
 ただし、もしトランプ新大統領が対中政策を真剣に再考し、台湾支援を強め始め、米中関係が悪化して、貿易戦争だけでなく軍事的な緊張までが高まったとき、日本はどうするか。これは日本にとっての重要課題だ。だが、トランプ新大統領との関係は日本にとって心配はそうないだろう。

【PROFILE】1969年生まれ。スタンフォード大学にて博士号を取得。同大学のフーバー研究所研究員などを経て、98年に調査研究・コンサルティング会社「ユーラシア・グループ」を設立。2007年、ダボス会議の「ヤング・グローバル・リーダー」に選出。著書に『「Gゼロ」後の世界』などがある。

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