2018/04/28

マゼラン。最初の世界一周。4月27日没。Ferdinand Magellan

マゼラン。最初の世界一周。4月27日没。Ferdinand Magellan
マゼラン 
・1480年頃。ポルトガル- 1521年4月27日。41才頃。フィリピン・マクタン島


/http://www12.plala.or.jp/rekisi/mazeran.html


・1480年2月3日- 1521年4月27日

マゼランは、レコンキスタ(国土回復運動。【注】)後の大航海時代のポルトガルの航海者です。
マゼラン一行は、スペインの援助で世界周航の旅にでかけ、1521年にフィリピンに到着します。

フィリピンは、イスラム教です。
マゼランはキリスト教への改宗を強要します。

フィリピンの国民英雄ラプラプ。セブ島

セブ島とマクタン島

マクタン島


フィリピンの国民英雄ラプラプがマゼラン隊を撃退し、
マゼランは死亡します。
部下は航海をつづけ、1522年、最初の世界一周がなります。


・・・・・・・・・・・

【※】
レコンキスタ 再征服運動

Reconquista  (re=再び、conquista=英語 conquest 征服  )。
スペイン、ポルトガルのあるイベリア半島は、
718年からから1492年のレコンキスタまで ほぼ800年間
イスラム世界が支配します。

レコンキスタは、イスラム教徒に占領されたイベリア半島を
キリスト教徒の手に奪回する運動です。

このあと、大航海時代・略奪時代がつづきます。
1492年コロンブスがアメリカを紹介します。
スペインは、メキシコのアステカ、ペルーのインカをほろぼし、
中南米から言語、歴史をうばい、キリスト教を強制します。
大航海時代から、世界は弱肉強食の世になります。


太平洋の名付け親
マゼランは、大きな嵐にあわなかった幸運を喜び、この海を「太平洋」とよびました。


ラプラプ Lapu-Lapu
Lapu-Lapuは、民族の誇りを守った国民英雄です。
ヨーロッパ人のアジア侵略に対して立ち上がった最初の東南アジア人であり、
フィリピンの国民英雄です。
マクタン島ラプラプ市にはラプ=ラプの像があります。


フィリピン
マゼランの訪れた地は、のちにスペイン皇太子フェリペにちなんで、フィリピンと名づけられました。(いつ改名?)


少数言語の逆襲 画一より多様性に磁力 カザフ語

少数言語の逆襲 画一より多様性に磁力
パンゲアの扉  覆る常識(3)
2018/4/25  nk


 旧ソ連の人口1780万人 の国、カザフスタン。2月、ラテン文字をもとに新たに開発した32文字を母国語に採用した。ロシア語と同じキリル文字を捨て去る。考案に携わったシャヤフメトフ言語開発研究所のトレショフ所長は「カザフ語を生き残らせながら世界とコミュニケーションしやすくする」と語る。

■カザフ語を再生

 カザフ語の文字は歴史に翻弄されてきた。19世紀以降、アラビア文字やラテン文字を経て、旧ソ連編入後の1940年からキリル文字になった。カザフは91年に独立国家となったが、街中にはいまだロシアを象徴するキリル文字の看板があふれ人口の2~3割はカザフ語を理解しない。

 新しい文字の導入で帝政復活を夢見るロシアの影響力を遮断し、42もあるキリル文字では「スマートフォンでの入力が煩雑」(ナザルバエフ大学のオラザリエワ准教授)との不便を解消。デジタルの波に乗せてカザフ語を再生させる。

 パクス・ブリタニカ、パクス・アメリカーナを経て、20世紀に最大の国際共通語になった英語。だが人工知能(AI)を駆使して進化する自動翻訳機能によって「英語は絶頂期を過ぎた」との論も台頭。消えゆく運命とされてきた少数言語にはデジタルの世紀で逆襲の機会が生まれている。

 19~20世紀、植民地政策を進めた欧米列強は支配の象徴として言語とともに自国の文化を染み渡らせた。コカ・コーラ、ハンバーガー、ジーンズ。米国はハリウッド映画に乗せて大衆文化を売り込んだ。だが、もはや世界がつながる手段も文化も大国主導のトップダウンによる一方通行ではない。

 「音や文字とは違う新しい言語手段としてパラダイムシフトを起こした」。上智大学の木村護郎クリストフ教授がこう指摘するのは万国共通語になった絵文字だ。日本発祥ながら「Emoji」として世界に広まり無数に生み出されている。

 「Chief Emoji Officer」。仏石油大手トタルのプヤンネ最高経営責任者(CEO)の別称だ。ツイッターで発信する経営情報を絵文字をちりばめて説明する。スイスの人気プロテニスプレーヤー、フェデラー選手のある日のつぶやきは40以上の絵文字だけだった。

■常備食は中東発

 中東の伝統食が欧米の食卓を変えている。ひよこ豆をすり潰した「フムス」と呼ばれるペースト状の食品で英国の家庭の4割が冷蔵庫に常備。米国では消費増でひよこ豆の作付けが急激に伸びている。野菜に付けて食べるディップとして「持たざる国」の食文化が「持てる国」の健康志向の消費者をつかんでいる。

 米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマン氏は1999年の著書「レクサスとオリーブの木」で、強者主導で均一化が進むグローバル化は地域に根付く独自のアイデンティティーとのバランスが必要と指摘した。

 だがグローバリゼーションの舞台にあがる国や人々の幅がどんどん広がっていく21世紀では、どこからでも世界に影響を与える力が生まれ、広く深く溶け込んでいく。画一を超えて多様に彩られる世界にこそ、一つにつながる強い磁力が宿る。

2018/04/26

「士農工商」はなかった!教科書にも載ってない。

江戸時代には、士農工商はありませんでした。したがって、今の教科書にも載っていません。

武士はいましたが、
農・工・商の人々は、川越藩の場合でも、上下ではなく、横の関係でした。

街中に住んでいれば「町人」とよばれ、
村に住んでいれば、「百姓」とよばれました。



儒教の影響で、士農工商があったかのように、錯覚していたようです。



2018/04/24

西郷の西南戦争は「 ねんじゅう おさまるめい(年十治明) 」

西郷の西南戦争は「 ねんじゅう おさまるめい(年十治明) 」   

西南戦争(1877年)は、明治10年に起こりました。
ムカーシ、明治十年を右からよんで、 「ねんじゅう おさまるめい(年十治明)」とならいました。

   ♪♪~ 明治10年    西南の役、ねんじゅう おさまるめい
           1877年 いやな、内乱、西南戦争

西南戦争は、ムカーシは西南の役でした。
「役」は、おおくの民衆を「使」することで、大規模な戦争に使います。

西郷の戦争は、内戦で「役」ではないとされ、西南戦争になりました。

西郷どん

2018/04/22

【武蔵観研通信】237号:2018年4月22日

 🔽【武蔵観研通信】237号:2018年4月22日


★ 川越、埼玉
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★ アセアン
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★ 観光
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★ 人物、名言・語録

「心の状態は環境によって変わる。静かで落ち着いた
環境にいれば、心も自然と穏やかになる」


「今、刃が振り下ろされた。振り下ろされた刃は太刀で
置けとめねばならん」


「ふるきをあたためて、新しきを知る。もって師たる
べし」
温故知新。 古いものを突きつめて、現代に応用する
ことができる人こそ、人々の師となる資格があります。


「人民の、人民による、人民のための政治  government
of the people, by the people, for the people」
民主主義についての最もわかりやすい言葉。


「最澄、空海よ。新しい仏教をおこしなさい」(霊言)


「私は捜し求めない。見出すのだ」 I do not seek, I find.


「戦争することによって、もっと巨大な悪をストップ
せねばならぬこともあります。もし連合国がヒットラー
をストップしなかったら、今頃世界はどうなっていま
したか?」


「自分で作り出す運こそが最良のものだ」
The best luck of all is the luck you make for yourself.
待っていても幸運は来ない。運とは自分でつかむも
のだ。
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★  国際情勢:  世界地図 
〇 世界:
/ 北朝鮮限定攻撃論の悪夢  ―結局は全面戦争になる
Abraham M. Denmark、Foreign Affairs


【cf.】パクス・トクガワーナ。パクス=paxラテン語。
peace 。


/  強権指導者の横行。私利私欲むき出しの世界に:トラ
ンプ。習近平。プーチン。トルコ・エルドアン。
エジプト・シシ。フィリピン・ドゥテルテ。
カンボジア・フン・セン。 ハンガリー・オルバン首相
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★  日本情勢
〇  若者 移住先はアジアへ。欧米への移住は先細り。
2018/4/1 nk
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★ 余滴
















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スケジュール
◇ 2018年・ 平成30年 戌年   
9月          自民党総裁選
秋            「平成」の次の元号は?
11月6日   アメリカ中間選挙
◇  2019年・ 平成31年 子年   
4月30日   天皇陛下の生前退位
5月1日     皇太子即位、新元号が施行
8月           参院選
◇ 2020年・ 平成32年 丑年   
夏             東京五輪・パラリンピック
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【武蔵観研通信】の履歴            ┗索 引   

2018/04/21

東南アジアに はびこる強権:根強い既得権益層、中国のバックアップ。nk2018/4


東南アジア はびこる強権(上) なりふり構わぬ政権維持 異論封殺・ばらまき併用
2018/4/18付nk

 東南アジアで強権を振りかざす政治がはびこっている。政権側は手段を選ばずに異論を封じ、自由を求める国民の声も大きなうねりにならない。経済成長が続き、豊かになった東南アジアで、民主主義の未成熟ぶりがあらわになっている。



 やり玉に挙げたのは、ナジブ首相に海外から冷ややかな視線が注がれているという記事だ。政権が批判記事に怒るのはどの国も同じだが、マレーシアでは緊張が走った。偽ニュースに最大約1350万円の罰金や禁錮刑を科すという、偽ニュース対策法案の成立が確実になっていたためだ。

 11日に適用可能になった同法は「政権が汚職を覆い隠すための武器になる」と風刺漫画家のズルキフリ・アルハグ氏は恐れる。与党に有利な選挙区割りへの変更、有力野党への活動停止命令――。ナジブ氏はなりふり構わず政権維持を狙う。

 軍事政権4年目の隣国タイは昨年施行の新憲法で軍の政治介入を認め、国会の上院を公選制から任命制に戻した。プラユット暫定首相が「来年2月までに実施する」と明言した下院選も、親軍政党の育成が遅れれば先延ばしされかねない。

 東南アジアでは豊かな2つの国で民主化の針が逆戻りする。共通するのは政権側の恐怖心だ。

 マレーシアでは1957年の独立以来続く国民戦線の政権に対し、選挙を重ねるたびに国民の飽きと反感が明確になってきた。ナジブ氏は自身の不正資金疑惑も抱え、5月9日の連邦下院選挙で負けられないと焦る。

 ナジブ氏は下院解散直前に公務員に給与の引き上げと特別手当の支給を約束した。同国の投票登録済みの有権者は約1500万人で、約160万人の公務員、その家族は勝敗を左右する票田だ。ばらまきで選挙を有利に運ぶ意図は明白だ。

 タイの軍政が恐れるのは、2度のクーデターで政権の座から追ったタクシン元首相派の勢力の復活だ。タクシン氏は首相在任時のばらまき政策により、今も農村で根強い人気を誇る。そのタクシン氏の影と戦うかのように、プラユット氏は地方を訪れるたびに地域振興策をぶち上げている。

 強権による異論の封殺と、大衆の歓心を買うポピュリズム政策の併用。エリート支配だった過去と異なる形で開発独裁が復活している。国民は安定と経済発展を優先し、政治的自由を求める声は盛り上がりを欠く。


 民主主義が比較的定着したとされ、国民の権利意識が高まったインドネシアでは、土地収用の遅れによるインフラ整備の停滞が目立つ。スハルト政権の独裁時代を「経済成長が速かった」となつかしむ人が増え、「プーチン(ロシア大統領)が必要だ」(ファドリ国会副議長)と強権指導者を待望する声も上がる。

 スハルト政権の崩壊から20年。独裁時代を知らない国民が半数に迫り、価値観も揺らいでいる。

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東南アジア はびこる強権(中) チャイナマネーが後ろ盾 欧米との対立辞さず
2018/4/19付nk

 「私の乗った飛行機が爆破されたら、米中央情報局(CIA)を疑ってほしい」「欧州諸国はアフリカを侵略し、大虐殺を繰り広げた」。フィリピンのドゥテルテ大統領は5日、首都マニラでの演説で欧米に対する悪口をまくしたてた。



 死者が出るのもいとわない強引な薬物捜査を進めるドゥテルテ氏。社会にはびこる薬物を一掃するには強権的な手段しかないと主張し、人権軽視だと非難する欧米に反発する。3月には予備調査に乗り出した国際刑事裁判所(オランダ・ハーグ)からの脱退を決断。「我が国に調査に入れば逮捕してやる」と息巻く。


 ミャンマーの最大都市ヤンゴンの地区裁判所で11日、機密所持の罪で起訴されたロイター通信の記者2人の公判が開かれた。裁判所は弁護側が申し立てた公訴棄却の請求を却下した。

 2人はイスラム系少数民族ロヒンギャへの迫害問題を取材中に逮捕された。欧米では迫害を報じられたくない当局の妨害との見方が強く、釈放を求める声が上がるが、最高指導者のアウン・サン・スー・チー国家顧問に耳を貸す様子はない。

 欧米との対立も辞さない指導者たち。強気を支えているのが、強権体制に口を挟まずに経済支援をする中国の存在だ。


 カンボジアの首都プノンペン。中国企業とおぼしき建設会社が高層マンションを建設し、中華料理店、中国人向けスーパー、人民元交換所が立ち並ぶ。北東に110キロメートルの場所では中国の資金による8つ目の橋が2月に着工。2016年の中国の直接投資額は51億ドル(約5500億円)で国別トップに立つ。

 2月の上院議員選挙では与党カンボジア人民党が完勝したが、それは最大野党を弾圧して解散させたためだ。独裁だと批判する米国は援助を削減し、欧州連合(EU)も制裁を検討すると警告した。だが、中国の後ろ盾を得たフン・セン首相は「好きにするがいい」と余裕を見せる。


 ロヒンギャ問題でもミャンマーを擁護するのは中国だ。国連安全保障理事会で議題にすることを常任理事国の中国が拒否してきた。スー・チー氏は「体制移行期の困難を理解してくれる国を大事にしたい」と発言。西部ラカイン州の港湾建設を中国に委ねるなど経済的な依存を強めている。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル電子版は9日、中国が南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島の人工島に電波妨害装置を配備したと報じた。フィリピンは同諸島の領有権を主張してきたが、ドゥテルテ大統領の就任後は中国に融和姿勢を示す。好機と見た中国は軍事拠点化の動きを加速させている。

 東南アジアの強権指導者による中国への傾斜は、地域の軍事バランスも変えつつある。欧米が人権や民主主義といった価値観を押しつけるほど、各国がさらに中国になびきかねず、中国の軍事的な支配力が強まるリスクをはらんでいる。

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東南アジア はびこる強権(下) シンガポール南洋工科大教授 ジョセフ・リオウ氏
2018/4/20付nk

 経済発展が続き、豊かになった東南アジアで強権政治がはびこる背景を識者に聞いた。




 ――東南アジアで民主主義がなかなか定着しません。

 「長い目でみれば冷戦の終結後、東南アジアでも少しずつ民主化が進んできた。ただ、社会が自由になる過程で集団の間で緊張が高まり、暴力が発生することは過去の歴史でも多くみられた」

 「半世紀以上にわたって軍が内政を掌握してきたミャンマーの人々にとっては、民主主義は新しい概念だ。仏教徒の間でナショナリズムが盛り上がり、イスラム系少数民族ロヒンギャの問題が深刻になっているのは不幸なことだが、避けがたい出来事だったともいえる」

 ――欧米でも民主主義の定着に長い時間がかかったことを考えると、先は長いのでしょうか。

 「民主主義には権力が個人ではなく、制度に帰属するといった重要な原則がある。連邦議会下院の解散直前に政府機関が有力野党の活動を停止したマレーシアの例などは、首相個人の思いが制度を侵食した悪い例だ。カンボジアでもフン・セン政権によって本来の制度が完全に破壊された。時間がかかっても、原則を再構築していかなければいけない」

 ――東南アジアの民主主義は欧米とは異なった道を歩むのでしょうか。

 「中低所得層の貧困や失業率の上昇を背景に、ポピュリズム(大衆迎合主義)が高まる欧米でも民主政治は試練を迎えている。東南アジアの人々の暮らしはアジア通貨危機以降、豊かになっており、欧米のポピュリズムとは背景が異なる」

 「一方で、異なる宗教の人々が同じ公共住宅に住むといった、欧米以上に多様な東南アジアの社会構成は緊張や分断を生みやすい。政治家は自らの権力を正当化するために分断を強調するのではなく、民族や宗教の違いを収めるよう努めるべきだ」

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京大東南アジア地域研究研連携講師 外山文子氏 中国の影響力負の効果
2018/4/20付nk

 ――東南アジアで権威主義への逆行が目立ちます。なぜでしょうか。



 「麻薬撲滅運動での人権侵害が問題となっているフィリピンのドゥテルテ大統領ら、強権的な政治指導者の多くが選挙で選ばれていることは明確にしておきたい。人権の保障は後退しても強硬な麻薬撲滅を支持する国民も多く、民意を反映していないわけではない」

 「東南アジアで民主化が進んで20年ほど経過したが、選挙は一般国民にとって万能薬ではなかった。変わらない格差、麻薬、汚職などの現実を前に、国民が強権による解決を望んでいる側面がある」

 ――国際情勢の変化も影響していますか。

 「欧米と衝突しても中国という選択肢があることは大きい。中国の影響力増大が東南アジアの民主化にマイナスなのは間違いない。インターネットの発達などで域内国間でも影響を与え合っている。タイの軍事政権復活はカンボジアなどに負の影響を与えている」

 ――東南アジアに権威主義を容認する共通の土壌があるのでしょうか。

 「東南アジアの主要国では冷戦下、長期独裁政権が『開発独裁』を推し進めた。歴史的に権威主義体制による統治の経験が長い。ただし現在の政治指導者と冷戦期の開発独裁は同一ではない。今世紀の強権性は過去の負の遺産を乗り越えるため、または既得権益層との衝突から生じている

 ――経済発展しても民主主義が成熟しないのはなぜでしょうか。

 「韓国や台湾では民主主義的な政治システムが機能し、国民の政治的権利や市民的自由が保障されている。東南アジアでは植民地支配や開発独裁下にできた既得権益層のネットワークが根強く残り、政治力を維持している



 遠藤淳、中野貴司、小谷洋司、富山篤、新田裕一、鈴木淳が担当しました。



2018/04/18

北条時宗。元のフビライ軍を撃退。Hōjō Tokimune。4月20日没

北条時宗。元のフビライ軍を撃退。Hōjō Tokimune。
4月20日没


・1251年6月5日- 1284年4月20日没

北条時宗(ときむね)は、鎌倉幕府の第8代執権(しっけん。幕府最高の職)です。
18歳で鎌倉幕府を率いました。


元(げん)のフビライは、日本征服のために使者をよ
こしたが、北条時宗は強い態度でを拒絶しました。
元は,1274(文永11年)と1281年(弘安4年)に大軍で日本を攻めたが,日本は2度ともこれを撃退しました。

北条時宗は、 禅宗を深く信じ,鎌倉に円覚寺(えんがく
じ)をたてました。

名言
「今、刃が振り下ろされた。振り下ろされた刃は太刀で
置けとめねばならん」



2018/04/15

孔子。「礼」と「仁」を説いた人。世界の4聖人(孔子、釈迦、キリスト、ソクラテス)。Confucius。前479年没

孔子。「礼」と「仁」を説く。世界の4聖人(孔子、釈迦、キリスト、ソクラテス)。Confucius。前479年没

孔子  生涯

紀元前552年- 紀元前479年4月11日没。73歳。

孔子(こうし、Confucius コンフーシャス 。Kǒng zǐ)は、中国の思想家で、儒教を始める。


孔子は、社会には 「礼」とよぶ秩序が必要であり, 人を思いやる「仁」とよぶ心が 大事だと説きます。

今の中国にも同じことをいうでしょう。


※「修身斉家 治国平天下」(しゅうしんせいか ちこくへいてんか)

<まずは、自分のおこないを正しくし、
家庭をととのえます。
そのあとで、国家を治め、天下を平和にしましょう。>



日本では、神仏儒 の割合は、

神 50%   仏 30%  儒 20% 

です。

習近平 中国には 儒は
ナシ
です。



孔子と弟子たちとの問答が 『論語』 です。


世界の4聖人(孔子、釈迦、キリスト、ソクラテス)のひとりです。


人類は、紀元前500年頃から、
神話の時代から枢軸時代(世界史の軸となる転換期)に入りました。
    中国圏からは孔子
    インド圏からは釈迦
    中東圏からはゾロアスター(ゾロアスター教=拝火教)
    地中海圏からはソクラテス
が出ました。


孔子は宗教とは関わっていません。
儒教の「
」は人生の教えで、「宗教」の」ではありません。

インド圏の釈迦は、
生まれては死に、また何かに生まれ変わることを永遠に繰り返すことを説きます。

動物も学長にするインド。輪廻思想



ずっと下って、キリストは、天国を説きます。




【※】孔子の「子」とは

「子」は先生のことです。 【cf.】小野妹子(おの の いもこ。男性)





名言 【
温故知新
ふるきをあたためて、新しきを知る。もってたるべし」

古いものを突きつめて、現代に応用することができる人こそ、人々の師となる資格があります。







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Confucius  for kids

東南ア強権化を親中、札束外交が助長 。nk2018/04/14

東南ア強権化を親中、札束外交が助長 
「政治の季節」に民主化逆行の懸念   札束外交、各国に影響力
2018/4/14付nk

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  • ASEANは、中国の札束外交に好意的
  • 国家発展には中国モデルが手本になると感じ始めた
  • 各国政府も強権化
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 マレーシア連邦議会下院選が5月9日に決まり、東南アジア諸国連合(ASEAN)は来年にかけ国政選挙が続く「政治の季節」に突入した。ただ各国は政府の強権ぶりが目立つ。背後に透けるのは圧倒的な経済力で影響を深める中国の存在だ。



 「ナジブ政権らしい単刀直入な手口だ」。マレーシア当局が5日、マハティール元首相の野党に書類不備で活動停止を命じると、ASEANの外交官が感想を漏らした。


資金繰りを支援

 野党弾圧は徹底している。7日の下院解散の直前になり、与党に有利な選挙区変更や批判封じの「反フェイク(偽)ニュース法」を成立させた。

 かつて師弟関係だったマハティール氏とナジブ首相。対立の発端は2015年にナジブ氏に浮上した、政府系ファンド「1MDB」の資金流用疑惑だ。野党は「反汚職」を訴えるが、隠れたもう一つの争点が中国だ。

 「中国が工業製品やパーム油を買ってくれなくなれば経済はどうなるか」。ナジブ氏は1日の演説で野党に反論した。

 マハティール氏は最近の中国優遇を「不健全」と批判。マレー半島南端のマラッカ海峡からクアラルンプールを経て、東海岸を北上する縦断鉄道の建設を丸投げしたことをやり玉に挙げ、野党が勝てば見直すと訴える。

 実際、ナジブ政権は中国への肩入れが目立つ。13年10月、習近平(シー・ジンピン)国家主席の公式訪問を合図に、広域経済圏構想「一帯一路」を積極的に受け入れ始めた。進行中のプロジェクトは鉄道や電力、港湾、工業団地など約30件、総工費は9兆円を超す。

 ナジブ氏の父で第2代首相だったラザク氏は1974年5月、ASEAN(当時は5カ国)で最初に中国と国交を樹立した。ただより注目すべきは1MDBとの関連だ。

 肝煎りの1MDBは負債が4年で420億リンギ(約1兆1600億円)に膨らみ、資金繰りに窮した。「助け舟」を出したのが中国だ。15年11月、政府系ファンド1MDBの傘下企業が持つ発電所を、国有電力が負債も含め158億リンギで買収。その後、一帯一路の受け入れが加速した。


 マレーシアはASEANの縮図といえる。

 半世紀前に「反共同盟」として発足したASEANは、改革開放で中国経済が急成長すると、今度は輸出市場や外資を奪われる脅威とみなした。

 だが今は関係緊密化にひた走る。05年発効の自由貿易協定(FTA)は95%の品目で関税を撤廃。中国の他のFTAより自由化度が高い。日本総合研究所の大泉啓一郎・上席主任研究員は「世界2位の中国市場はASEANに最も開放されている」と話す。16年の中国の輸入先はASEANが12.7%を占め首位だ。


米国の影薄まる

 対照的に戦後、経済・軍事に介入し、民主化の伝道師も自任した米国は存在感を失いつつある。

 経済発展の果実を気前よくばらまき、人権などにうるさくない中国は、ASEAN各国には都合がいい。だからこそ米中のパワーバランスの変化は強権政治を助長する。

 7月に総選挙を控えるカンボジアは最大野党を解散に追い込んだ。批判する米国との定例合同軍事演習は停止し、16年に演習を始めた中国に傾斜する。カンボジアの対外債務の4割超は中国。フン・セン首相は「中国は口よりも多くのことをしてくれる」と称賛する。

 来年初めに民政復帰への総選挙を行うタイは、軍の政治関与を許す規定を憲法に盛り込んだ。同盟国の米国からの非難は無視し、世論の反対を押し切って中国製の潜水艦や戦車の購入を決めた。

 思い出すのは習氏がマレーシアを訪れた13年秋だ。発足直後の習指導部はアジア太平洋経済協力会議(APEC)や東アジアサミットに合わせ習氏と李克強(リー・クォーチャン)首相がASEAN5カ国を歴訪した。日本の外交筋は「2期10年は自分たちが仕切るとの顔見せ」と受け止めた。

 国家主席の任期撤廃で習体制は長期化が確実。「社会主義現代化強国」を掲げ、米国を抜く野望を抱く中国には、自身と同じ強権国家がくみしやすい。“札束外交”になびくASEANも、国家発展には中国モデルが手本になると感じ始めた。民主化逆行の現実はアジアだけの問題ではない。

(アジア・エディター 高橋徹)

2018/04/13

リンカーン。南北戦争での最初の真意は、”黒人を追い出して、白人だけの国を作ろう”。Abraham Lincoln。4月15日没

リンカーン。南北戦争での最初の真意は、”黒人を追い出して、白人だけの国を作ろう”。Abraham Lincoln。4月15日没

・1809年2月12日- 1865年4月15日没。56歳。

リンカーンは、インディアン(アメリカ先住民、ネイティブ・アメリカン)に対しては、

徹底排除の方針を採り続け、大量虐殺も黙認しています。

1862年には「ホームステッド法」を制定しました。

西部の未開発の土地、1 区画 160 エーカー(約 65 ヘクタール)を、先住民を無視して、無償で払い下げるものでした。


リンカーンは、もともと奴隷解放論者ではなく、
北部では奴隷の解放は行われませんでした。

リンカーンは、黒人を中傷していましたし、
黒人との平等にも反対していました。


↓・・・・・・・・・・・
38人のインディアンの絞首刑  【画像】
1862年12月26日、ミネソタ州で、ダコタ族死刑囚たちの
一斉絞首刑が行われました。
前代未聞の38人同時処刑は、四方から見えるように
特別誂えの絞首刑台で行われました。
「38人同時処刑」は、アメリカ史で最大の集団処刑記録です。
↑・・・・・・・・・・・


リンカーンが選挙で当選すると、
南部は合衆国から脱退し、
南北戦争(The Civil War。1861-1865)が始まりました。
1863年、リンカーンは奴隷解放宣言をだしました。
1865年北軍が勝利し、この直後にリンカーンは暗殺されました。

暗殺されたことで、国家の殉教者となりました。


北部と南部
http://www.mo-hawaii.com/legacy/go/time/010/main.html


アメリカは、「戦争とは皆殺し」だと思っています。
滅ぼした南部にはなにも残しませんでした。
これ以降もそうです。
 
日本との戦いにおいても、日本に何も残さない方針でした。

今は、中国に対してもそうです。

アメリカは、ウェストファリア条約を学んでいません。
戦争にも、ケンカにも、ルールがあります。
アメリカはそれを学んでいません。

国際法に違反している中国の海警法に、
アメリカは無批判です。
「国連海洋法条約」に署名してないからです。



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南北戦争=The Civil War

civil warとは、内戦のことです。
アメリカでは、内戦はこれだけなので、
The Civil Warというだけで、南北戦争をあらわします。

暗殺は、リンカーン、ケネディ。〇〇60年
リンカーンが当選したのは
1860年でした。
100年後の1960年に当選したケネディ大統領も、暗殺されました。


明治維新(1865年)と南北戦争
南北戦争は、1865年に終わりました。
もっと早く終わっていれば、日本は薩長連合と戦うことなく、
アメリカと組んで、
イギリスなどのヨーロッパ列強のアジア侵略を防いでいたかもしれません。





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